【数学】「良問をこなせば実力は上がる」は多くの場合間違いです

数学に限らず、良問を集めた問題集がたくさん出版されています。しかし、この問題集を年間計画に組み込んでしまうのはマズイのではないでしょうか。ほとんどの受験生にとっては、このような問題集をこなすよりは過去問を研究する時間の方が大切でしょう。

「良問をこなせば実力は上がる」はなぜ間違っているか

良問とはどのような問題を指すのか

まずは良問というものが何を指すのかを決めないといけません。前提が違えば結論が変わってしまいますので。僕は良問を以下のような問題だと思っています。そして、多くの指導者もこれを指しているはずです。

その問題を解くためには、様々な知識、手法を使わないといけない問題

例えば、阪大の過去問で以下のような良問があります。

n を正の整数とし \displaystyle a_n=\sum_{k=1}^n \frac{[\sqrt{2n^2-k^2}]}{n^2} とおく。このとき\displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n を求めよ。この問題を解くためには以下の知識、手法を身についていないといけません。

・ガウス記号と不等式

・はさみうちの原理

・区分求積法

・置換積分

どの知識もそんなに簡単ではありません。身につけるためにはある程度の訓練を必要とします。

なぜ良問では実力が上がらないのか

ほとんどの場合、良問とはどこかの大学の過去問です。では大学の入試問題にはどのような意図があるのでしょうか?まだ見ぬ受験生の実力が向上するためを思って、ではないですよね。入試問題とは「実力を測る」ための問題です。「実力を伸ばす」ための問題ではありません。入試は時間の制約上、5 問くらいしか出ません。その 5 題で色々な知識や力を試そうとすると、どうしても広く浅くになってしまうことが多いです。このような問題を多く解いても実力はなかなか伸びません。

数学の実力を伸ばすためには、一つ一つの数学的概念を深く学ぶ必要があります。例えば、ガウス記号を身につけたいと思うのなら、ガウス記号(+教科書)の知識だけで構成された問題をいくつか解く方が理にかなっていると思いませんか?知識が複合されている良問では、どうしても一つ一つの知識は薄くなってしまいます。例えば、ガウス記号の知識を少しだけ使う問題をいくつか解くのと、ガウス記号知識をしっかり使う問題を数題解くのとどっちが効果があると思いますか?

中途半端な知識しかない人が良問を集めた問題集を使う怖さ

例えば、教科書の章末問題は解けるようになったという人がいるとします。基本的な知識が身についているというレベルですね。その次にいきなり、良問を集めた問題集を使うことが出来るでしょうか?無理に近くないですか?標準的な知識を良問から吸収するのは厳しいです。確かに 1 問解けば色々な知識を得られる可能性はあるかもしれません。しかし、普通は 1 回の勉強で良問が 3 つもあったら嫌になるのではないでしょうか。ですので、まずは「一対一対応の演習」などで、一つの数学的概念に絞った問題を使ってその概念を自分のものにする方が先決だと思います。

良問を集めた問題集はいつ使う?

ここが問題ですね。普通は標準的な知識までついてしまえば、後は過去問でしょう。時間もそんなに残ってないはずですし。過去問を研究して、その大学でどんな力が求められているかを把握し、その力を伸ばす必要があります。良問を集めた問題集を使うのは、おそらく標準問題を解く力をもった浪人生が春にやるくらいでしょうか。ここで良問を解いて、自分に足りていない視点や知識を確認する。これくらいの使い方しか出来なさそうです。

こんな良問なら大歓迎

良問の中に、一つの数学的概念を深く身につけていないと解けない問題もあります。このような問題は解く価値があります。その問題を何回も解いて、きちんとした知識を身につけましょう。

まとめ

・良問とは多くの場合いくつかの知識を使って解く問題を指す

・実力不足の受験生は、そもそも解くための知識が不足している。これを良問から吸収するのは大変である

・入試問題は実力を高めるものではなく、実力を測るためのものである

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